大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和53年(ネ)161号 判決

控訴人

格大株式会社

右代表者

山本明

右訴訟代理人

小酒井好信

被控訴人

丸倉倉庫運輸株式会社

右代表者

金子善次

被控訴人

片桐合繊株式会社

右代表者

片桐佶

右両名訴訟代理人

野村促靱

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所もまた原審と同様、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被控訴人らの反訴請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由に説示するところと同一であるからこれを引用する。(但し、「丸倉倉庫」とあるのを「丸倉倉庫運輸」と訂正する。)

(一)  控訴人は、被控訴人丸倉倉庫運輸の入庫伝票、入庫案内及び帳簿には訴外オリシヨを本件加工糸の寄託者とする記載が存しないから、訴外オリシヨと同被控訴会社との間に代理占有関係が成立していない旨主張するが、前認定(原判決引用)のとおり、訴外オリシヨは本件加工糸を被控訴人片桐合繊に売渡したところから、同丸倉倉庫運輸に支払うべき倉庫料の負担を免れるため、同被控訴会社に対し本件加工糸入庫の都度寄託名義を被控訴人片桐合繊に変更するよう指示したほか、同被控訴会社に対して指図による占有移転をなしたものであつて、控訴人主張の入庫伝票等に訴外オリシヨの記載が存しないのは、倉庫料負担等の配慮から中間者たる同訴外会社の記載を省略したものと推認することができるのである。従つて、控訴人主張の右事実は、本件加工糸の占有関係が倉庫業者である被控訴人丸倉倉庫運輸を介して訴外オリシヨから被控訴人片桐合繊に移転したものと認める妨げとなるものではない。控訴人の右主張は採用することができない。

(二)  次に、控訴人は、いわゆる指図による占有の移転をしたにとどまる場合は民法一九二条の適用がないと解すべきであると主張する。

ところで、無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法一九二条によりその所有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変更が生ずるがごとき占有を取得することを要することはいうまでもない(最高裁判所昭和三五年二月一一日判決・民集一四巻二号一六八頁参照。)。しかして、前認定(原判決引用)の事実関係の下における訴外オリシヨから被控訴人片桐合繊に対するいわゆる指図による占有移転は、右にいう一般外観上従来の占有状態に変更が生ずる場合に該当し、従つて、同被控訴会社は民法一九二条により本件加工糸の所有権を取得したものと解するのが相当である。控訴人の右主張もまた採用のかぎりでない。

(三)  当審証人金子善邦の証言によるも前認定(原判決引用)を動かすに足りない。

よつて、これと同旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(黒木美朝 川端浩 清水信之)

〈参考・第一審判決〉

理由

(本訴について)

一、先ず、原告と被告丸倉倉庫との間に倉庫寄託契約が成立したかを判断する。

(一) 〈証拠〉によると、原告がその主張のころ兼松よりクラベラ加工糸をその主張のとおり買受け、右加工糸の受渡場所を被告丸倉倉庫と指定のうえ、右加工糸を原告名義で同被告に寄託すべき旨の代理権を授与し、兼松はこれに基づき右加工糸を丸一繊維を介して同被告に別表(一)記載のとおり送致したことの各事実が認められ、そのころ同被告において右送致された加工糸を保管したことは当事者間に争いがない。そうすると、原告と被告丸倉倉庫との間に、本件加工糸につき倉庫寄託契約が成立したかの如く一応認められないではない。

しかしながら、〈証拠〉を総合すると、左の事実が認められる。

原告が本件加工糸を含むクラベラ加工糸を兼松から買受けるに至つたのは、他にこれを転売して利益を得るためであつたところ、右売買に前後して、オリシヨに対し加工糸の売却方を申込んでこれが転売を計り、未だその売買が確定的に成立しなかつたがその成立を見越し、或は右売買が不成立のときは更に他に転売する予定で、とりあえず右加工糸を被告丸倉倉庫に送致することとしたこと、他方、オリシヨとしては、すでに原告との右売買契約が成立したものとして、かねて倉庫寄託取引のあつた同被告に対し、近々クラベラ加工糸が送致される旨及びその場合はこれを保管するように依頼し、この依頼を受けた同被告は右加工糸についての寄託者はオリシヨと信じ、その数日後に送られてきた納品案内書にマルクラソウコキツケ、オリシヨキツケ、カクダイと記入されていたことから一層右念を強め、その後別表(一)記載のとおり送致されてきたクラベラ加工糸をオリシヨのためにする意思をもつてこれを引受け保管し、その都度オリシヨに右事実を通知したこと。

以上の各事実が認められ、これらの事実を総合すると、原告において本件加工糸を他に転売するまでの間、被告丸倉倉庫に寄託する意図で、兼松を介して右加工糸を同被告に送致したものであり、これは倉庫寄託約款八条二項により原告の被告丸倉倉庫に対する倉庫寄託の申込みと解され、また他方、同被告の右加工糸の保管行為は右倉庫寄託申込の承諾と解されるところ、同被告において右加工糸を保管したのは、原告のためではなく、オリシヨのためにする意思をもつてこれをなしたものであるから、結局、本件倉庫寄託契約の締結に際してなされた右申込みと承諾の意思表示には主観的合致がなく、したがつて原告と同被告との間には右契約は成立するに至らなかつたといわなければならない。

その他本件全証拠によつても、原告と被告丸倉倉庫間に右倉庫寄託契約が締結されたことを認めるに足りない。

(二) 以上により、原告の倉庫寄託契約の成立を前提とする被告丸倉倉庫に対する本件加工糸の返還請求(本位的)は失当というべきである。

二、次に、原告が本件加工糸の所有権を取得したかを判断する。

(一) 原告と兼松との間に、原告主張の如き売買契約が締結され、これに基づき兼松が丸一繊維を介して本件加工糸を被告丸倉倉庫に送致したことはすでにみたとおりである。

右事実によると、原告と兼松とのクラベラ加工糸の売買は不特定物の売買であり、また原告と被告丸倉倉庫間の倉庫寄託契約における寄託物の提供は持参債務と解されるので、右加工糸が同被告に送致された時にはじめてこれが特定し、かつ原告がその所有権を取得するに至つたといわねばならない。

(二) しかしながら、原告は右加工糸の所有権取得後、後記のとおり更にこれを喪失するに至つたというべきであるから、右所有権の存在を前提としこれに基づき被告両名に対して本件加工糸の返還を求める原告の本訴請求(予備的)は失当である。

(反訴について)

一、被告片桐合繊の反訴請求

(一) 先ず、オリシヨが原告より本件加工糸を買受け、その所有権を取得したかを判断する。

原告がオリシヨに本件加工糸を含むクラベラ加工糸の売却方を申込んだことはすでに認定のとおりであり、その際原告においてオリシヨに対し中継商社の介在を求めたことは当事者間に争いがない。

そして、被告片桐合繊は、オリシヨにおいて中継商社としてそのころ蝶理の承諾を得た旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて前掲証拠によると、オリシヨは当初訴外八木商店に中継商社となることを依頼したが不調となり、次いで依頼した蝶理は一旦は同意しながらもその後取引枠が不足との理由でこれを撤回したこと、そのため更に野村貿易その他に介在を依頼したがまとまらずそのまま経過し、同年四月三〇日に至りオリシヨが倒産したことの事実が認められ、この事実に徴すると、オリシヨと原告との本件加工糸の売買契約は、結局、オリシヨにおいてその介在する中継商社が確保できなかつたため不成立に終つたとみるべきであり、この点についての同被告の主張は失当であり、オリシヨは本件加工糸の所有権を何ら取得したことはないといわねばならない。

(二) 右の次第で、オリシヨが本件加工糸の所有権を取得しない以上、これを前提とし、オリシヨより右加工糸を買受け、現にその所有権者であるとの被告片桐合繊の主張は失当である。

(三) そこで、進んで被告片桐合繊の即時取得の成否を判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

オリシヨにおいて前記の如く原告より本件加工糸を買受けようとした直後、これを他に転買すべく、被告片桐合繊に対しこれが売却方を申込み、同被告においてこれを異議なく承諾し、一キログラム当り金六〇〇円でこれを買受けることにしたものであるが、もともとオリシヨは各種原糸、撚糸等の加工販売、同被告は合成繊維原糸の加工販売を業とする会社で、両者は数年前より原糸、加工糸の売買取引を行い、年間の取引高は金三、四千万円であつたことから、当該売買も従前通りの手順で行なわれ、格別に変つたことがなかつたこと、そしてオリシヨにおいて右取引成立により被告丸倉倉庫に支払うべき倉庫料の負担を免れるため、同被告に対し本件加工糸入庫の都度寄託名義を被告片桐合繊に変更するよう指示したほか、被告片桐合繊に対して指図による占有移転をなしたこと、以来、被告丸倉倉庫において被告片桐合繊のために右加工糸を占有保管し、被告片桐合繊においても被告丸倉倉庫を占有代理人としてこれを代理占有し現在に至つたこと。(尤も、本件加工糸が当庁昭和四九年(モ)第一〇五号換価命令事件により金三、七〇〇、〇〇〇円に換価され、現に金沢地方法務局小松支局昭和四九年度金第六五号として供託されていることは当裁判所に顕著な事実であるが、このことは、なお被告両名において右加工糸を占有しているということを妨げるものではない)。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすれば、オリシヨと被告片桐合繊間の右売買において、同被告がオリシヨにおいて本件加工糸の所有者であるか、少くともその処分権限を有するものと信じたことに過失なく、かつまた平穏、公然に占有を取得したといわねばならないから、同被告において右加工糸を即時取得したというべきである。

なお、同被告が右売買により本件加工糸の占有を取得したのはオリシヨからの指図による占有移転によるものであることは前認定のとおりであるが、即時取得における占有取得の要件は指図による占有移転をもつて足ると解されるから、右事実は同被告において本件加工糸を即時取得するに何ら障害となるものではない。

(三) 原告が被告片桐合繊の右所有権を争つていることは当事者間に争いがなく、同被告において右所有権の確認を求める利益があることは明らかである。

(四) よつて、被告片桐合繊の本件加工糸の所有権確認を求める反訴請求は正当である。

二、被告丸倉倉庫の反訴請求

(一) 被告丸倉倉庫がオリシヨより本件加工糸につき倉庫寄託の申込みを受け、丸一繊維よりこれが送致を受ける都度これを引受け保管したことはすでにみたとおりであり、同被告、オリシヨ間に倉庫寄託契約が成立したことは明らかである。そしてこれに反し、原告と被告丸倉倉庫との間に本件加工糸につき倉庫寄託契約が成立するに至らなかつたことについても、すでに説示したとおりである。

(二) しかるに、原告は右契約の成立を主張し、右契約に基づく寄託物返還を被告丸倉倉庫に求めていることは当事者間に争いがない。

(三) よつて、被告丸倉倉庫が右返還債務の不存在確認を求める反訴請求は正当としてこれを肯認すべきである。

(結び)

以上の次第で、原告の本訴各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、被告両名の反訴各請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(国盛隆)

別紙、別表〈省略〉

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